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板坂『平家物語』と壇ノ浦の知盛

 先日、「板坂耀子 平家物語」でぐぐったら当Blogのこの記事が2位に…。
 深く反省。あんなろくでもない投稿が2位とは。っていうか、なんでご本人のサイトがトップに来ないんだよ…。
 というわけで、もう少しまともな感想文を。

 平家物語、後半に関しては主人公=義経、かっこいい敵役=知盛は衆目の一致するところ。ところが板坂先生、p.152~153で知盛ファンにいきなり冷や水をぶっ掛けます。

 事実の裏づけはないのである。

 ところがp.110以下では、

 …凄絶な一門滅亡の局面で冷静で余裕ある姿勢を保ち、非人間的なまでに人間らしい視点を失わなかった知盛…

 戦いの中心にいても戦況の判断はしにくいものだから、女性たちが「状況はどうなっているのか」と聞くと、彼は「もうすぐ珍しい関東の男たちを見られますよ。」…

 …それが、現実の知盛をどれだけ反映しているのかはわからないが、少なくともまったくの虚構ではあるまい。

 ほらぁ、やっぱりそう言いたくなりますよね。その後こう続きます。

 石母田正『平家物語』が指摘して以来、注目されるようになった…「見るべきほどのことは見つ」も同様の作り物とは思えない自然さと深さを持っている。

 あれ?このセリフ、注目されるようになったのって最近なのか?ひょっとすると、かっこいい敵役としての知盛って最近の話で、江戸時代あたりだと知盛ってただのやられ役だったのかなぁ。

 そう言えば、先日ネット上をぶらぶらしていて壇ノ浦の知盛についての面白い解釈を見つけて、

 『めずらしきあづま男をこそ御らんぜられ候はんずらめ』

 (略)

 ホントに意地悪な事を言いたかったんだと思う。

 それだとかっこいい知盛の役割に合わないんじゃないかと思ったけど、ただのやられ役の知盛だったら、事情が飲み込めなくて頓珍漢なことを言っている女達に意地悪を言ったというのもありかも。
 問題は「御覧ず」の解釈なんだけど。「女性が男性に顔を見られる」ことに特別な意味があったとするのもなんだかよく分からない話なんで、岩波版平家の解説の方が分かりやすいことは分かりやすい。この点、建礼門院の件については前にきなりさんのところで話題になったことがあったけど、建礼門院の醜聞って政治的謀略なんじゃないかなぁと思うんですよね。老舗サイトのこちらには重要な指摘もあるんだけど、こと建礼門院に関しては天皇の母だけにねぇ。身分の高低が左右したってのはあるかなぁ、と。そうだとすると、知盛のセリフって文字どおり「もうすぐ見られますよ」ぐらいの意味だったのかも。

 以下日記。

 ビデオデッキが壊れてはや1ヶ月。今から買うなら地上波デジタル対応のにするしかないよなぁ。Blu-rayとビデオデッキの組み合わせみたいなのがあったら欲しいんだけど、無いよねぇ、そういうの。

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