宿神(一冊の本・2008年5~7月号)

 朝日新聞出版「一冊の本」の5月号から「宿神」の連載が始まっている。1回あたりの掲載ページ数が6ページ程度ということでそれほど多くないので、毎月感想をアップしなくてもいいかなと思っていた。その後、掲示板も出来たことだし、できるだけそっちに書くことにしようとも思っていたというのもあるけど。でも、まぁ、滅多にない平家ネタなので、こちらでも掲示板で書かなかったことを一つ。

 真言宗にとって、最大の幸福と不幸は、その宗祖である空海が、あまりに巨大であったことだ。
(略)
 空海に続く者たちは、空海が実らせたこの果実を享受するだけでよかった。ために、高野山は、空海以来数百年をかけて、衰退し、堕落し、腐敗してゆく道をたどるしかなかったのである。
 比叡山を開いた空海とは同時代人の最澄が、天台宗を完成させることなく、道半ばで没したため、かえって天台宗の方に、法然、親鸞、日蓮、道元などの人材が…

 覚鑁の苦闘を説明する冒頭の部分で出てくる文章ですが、こういった評価はどうなんでしょ?一般的なものなんでしょうか?仏教の知識がないので何とも言えませんが…。まぁ、ちょっと違った角度から考えさせられる文章でした。
 リーダーが「カリスマ」であることは必ずしも組織にとってプラスではないのかもしれない。自分が「カリスマ」であればあるほど組織は動かし安い、ひいては自分の権力が強固になるということはあるんだろうけど、本当にそれでいいんだろうか?真のリーダーたるもの自分が居なくなっても組織がちゃんと動いていくように配慮しておくべきではないのか。極力ブラックボックスを排除し、ノウハウをわかりやすく文章で残す、余計な慣習は極力つぶしておく…。
 あああ、大上段に振りかぶってしまった。でも、名人に名手なし。誰でも出来る手術がよい手術。
 空海ぐらい偉いと、後に続く者たちは、空海様はこう仰った、ああ仰った、この言葉はこう解釈すべきだ、ああ解釈すべきだ、それだけでやっていけたということなのかも。でもそれじゃ、駄目なんでしょうな、きっと。
 そう言えば最澄って空海のような伝説を聞かないけど、それは彼の誠実さの証、なのかも知れない。もっとも空海の方も、周りが、とか後世の人たちが…っていうのもあるかも知れないけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

デュアル・コアでスピードアップ…するそうです。

 すいません、嘘書きました

 今月のDOS/V Power ReportによるとExcel2007、マルチコア対応だそうです。どうやら一部の関数がマルチコアに対応しているみたいで、sumif関数なんかを使っている表だと処理が速くなるとか。
 CPUは全体的にマルチコアの方へ向かっているので、開発ツールもそれに合わせてマルチコア対応ということで、今後、こういうソフトは増えるんでしょうね。
 sumif関数といえば、三四郎2008の新機能でもありますが。確かにあればあったでよく使う関数かも。

 ホームページの書きかけの記事をどうするかはなお考え中。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

4世紀ってファンタジー?(太王四神記について)

 ミチ様、コメント有り難うございます。

>ところで、太王四神記をご覧になっておられるのですね?
>私も見ているのですが、自分の中でイマイチ盛り上がって来ないので、
>もうちょっともうちょっとと我慢しているところです。

 どうも、最初から見ていたら面白かったんじゃないかと感じさせるドラマなんですけどねぇ。高句麗好太王って歴史の教科書には必ず出てきますから名前は知っているんですけど、その詳しい業績はよくわからないので、その辺の興味がまずあります。時代からいうと、三国志の後、「日出処の天子」の前ということで、日本ではあまり語られていない時代ですし。
 中国の五胡十六国時代は三国志の登場人物の末裔達の活躍もあり、そう言った観点から楽しむことも出来そうです。また、鉄甲騎馬隊の活躍した時代ということで、歴史ドラマの戦闘シーンにはもってこいです。
 好太王は374年生まれですから、西ではその翌年にゲルマン民族の大移動(私は「ゲルマン人、みなGo!(=375年)」で覚えました。)が始まっており、むしろそっちの方が色々本があるように思います。塩野七生「ローマ人の物語」の最後の方とか。辻邦生「背教者ユリアヌス」なんかもこの機会に読んでみたくなりました。
 でも、前にとりあげた12世紀と比べるといまいちファンタジーの香りがしませんな。水滸伝と比べた時の三国志、ギリシャ神話とキリスト教隆盛の狭間に挟まったローマ帝国、アラブ商人の居ない中央アジア…。
 対する太王四神記の方は、ファンタジー・フレーバーがぷんぷん。立ち読みした(^^;)、太王四神記のドラマガイドによると、1回目からCG技術満載のドラゴンやホワイト・タイガー、魔法の戦いみたいなのが出てきたようです。こういうの嫌いじゃないんで、この後も面白かったらDVDで見てもいいかなとも思ってます。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

NHK「太王四神記」第12回

 先週、「ロータスアプローチにアプローチ?」の方で、動きがありまして、それに会わせてホームページの方の記述を追加しようと思ったのですが、考えがいまいちまとまらない。あああ、手が勝手に歴史ドラマの方へ…。

 …土曜日夜、遅いのについ見てしまった。高句麗広開土王の話をファンタジー風に味付けしたということで、前から面白そうだなぁとは思っていた。とはいえ普段見てないので、あらすじがいまいち分からない(どうやらこっちも三角関係らしい)。が、見ててびっくり。西百済なる地域が出てきて、それをペ・ヨンジュン演じる広開土王が征伐するということなのだけど…。この西百済、どうも中国の山東半島一帯を指しているらしい。???そんなのあったっけ?早速、「韓国の高校歴史教科書」に当たってみた。なるほど、こんな感じの図が

Korea_history
 同じページには、中国の「宋書」、「通史」に高句麗は遼東地域を征服し、百済は遼西地域を征服したと書いてあるとのこと。うーむ、これだと百済と遼西の間に高句麗が入ってしまって地続きではなくなるが…

1. 当時百済は高句麗の属国で共に中国東北部を制圧し、百済は領地として遼西をもらった
2. 高句麗はおそらく騎馬民族国家であったろうから、海洋国家の百済と同盟を組んで、中国東北部を制圧した。百済は強力な海軍を持っていたので飛び地でも維持できた。
3. あるいは、当時の中国北部は騎馬民族国家、高句麗も騎馬民族国家で大した海軍力を持っていなかったので、黄海一帯は百済にとって「我らの海」だった。

 可能性としてはこんなとこだろうか。色々と想像は働くけど。まぁ、aのラインについては実際に征服したルートであるとして、bとcはいったい何でしょう?教科書には特に中国の史書からの引用はなかった。三国史記あたりに何か書いてあるのかな?それならそれで三国史記の引用があっても良さそうだが。西晋滅亡後、中国は五胡十六国時代で小国が乱立していたので、一時的に百済が山東半島に軍事進出していたとか、沿岸部を押さえていてそこに百済の商人が活動していたなんてことはあるのかも知れないけど…。広開土王の時には南北朝が固まっていて、おそらく山東半島も北朝がしっかり押さえていただろうから、西百済と言えるほどの広域を領有していたかどうかはちょっと怪しい。

 もっとも、水滸伝なんかでも宋江率いる梁山泊軍が遼をこてんぱんにやっつけちゃったりしてる訳で、歴史に題材を採ったファンタジーとしては、西百済なる広大な地域が出てきてもいっこうに構わない

 ところでヨン様演じる広開土王の鎧、なかなか格好良く仕上がっていますが、「図説 中国文明史〈5〉魏晋南北朝―融合する文明」によると、三国時代の魏の頃から五胡十六国にかけては北方の騎馬民族の重装騎兵が大活躍した時代らしいですね。おそらく、高句麗軍の主力部隊も強力な重装騎兵だったんでしょう。その点からすると、あの甲冑は歴史的事実に配慮したコスチュームと言えるかも。そう言えば同じ頃西方でも民族大移動でローマ帝国がこてんぱんにやられてましたな。東西共に騎馬民族大活躍の時代だったわけで。何故か後のモンゴルのような大帝国は出来ませんでしたが。

 …今日はもう遅いので、明日以降、ホームページの方は何書くか考えよう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

NHK篤姫24~25回目

 土、日と連続で大河。これだと結構堪能したなぁと感じる。

 土曜の予告で家定が倒れたので「あぁ、もう死ぬのか。まぁ、この後和宮の話もあるし、このぐらいのペースじゃないと終わらないんだろうな」ぐらいに思っていたら、仮病でした(^^;)。役者ですなぁ、家定様。一方篤姫は篤姫で政略の駒となり続けることに疑問を感じ始めたようですが。

 他方、「私が鬼の母になるだけのこと」のシーン、なんでしょうな、と思っていたら、悔しい大久保どんが前向きに「頑張るぞーっ」と宣言するシーンでした。その直前で初めて聞く音楽があったのですが、うーん、これって「大久保どんのテーマ」?篤姫のサントラが出てきたりして。

 それよりもお志賀。ああ、可哀想(;_;)。疑問を感じ始めたとはいえ、政略結婚丸出しの篤姫相手に「らぶらぶ」のお志賀が負けるなんて…。本寿院の命で篤姫の代打までさせられるし。しかもその前で家定、叫ぶ!

 「御台はどこじゃーっ!!」

 ど・こ・が「お優しい」上様なんでしょうか?千羽鶴のシーンは笑っちゃったけど。

 さて、「義経」以来の三角関係の行方はいかに!?次回、お志賀の逆襲、じゃなかった「嵐の建白書」おっ楽しみにー。

| | コメント (3) | トラックバック (4)

リキッドデザインって素敵!!(3)

 今日は忙しかった(;_;)。

 ヒロ子様、コメント有り難うございます。毎度話が長くなってすいません(^^;)。

>ココログのブログデザインのリキッドを検索したら、
>こちらのデザインしか出てきませんでした

 実は、待ってたら他にもリキッドデザインのテンプレートが増えるんじゃないかと思っていたんですよね。でも、その様子なし。それならリキッドデザイン最高!!みたいなことをBlogで書いて地道な普及努力をしようかと思いまして。
 やってみると、グレー(モノトーン)ベースにアクセントカラーがオレンジってのも意外といいなぁという気がしてきました。1年計画ぐらいでホームページの方もグレー&オレンジに合わせようかなと思ったりして(^^;)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

リキッドデザインって素敵!!(2)

 ヒロ子様、コメント有り難うございます。

 リキッドデザイン、なんだかすごいことを書いているように見えたようですが、大したことないです。ちょっと古めのモバイルパソコン※1と最近のデスクトップパソコンなんかについている19インチワイド液晶※2とでそれぞれ表示させてみれば一目瞭然でして。

 私のホームページのトップページを見ていただくと、古めのモバイルパソコンだとディスプレイの端にちょうどホームページの端が来ますが、最近の19インチワイド液晶だと右端が空白でがらがらとなります。かといってあのデザインのまま19インチ液晶にあわせた大きさにすると、今度は小さなディスプレイで端が切れて見れないということになります。これが「リキッドデザインでない」ページですね。
 ここで出来る右端の空白、これが嫌なんですよね。せっかく大きなディスプレイを使っているのにちっとも見やすくない。そこで、私のホームページの各記事や、このBlogは「リキッドデザイン」にして画面いっぱいに情報が広がるようにしたというわけです。
 これを実現するのは別に難しいことではなく、単純なHTMLならそうなりますし、多少凝ったレイアウトをしたとしても、フレームを使えば、まぁ、実現できます。そこで最初はフレームを使おうかと思っていたんですよね。フレームを使うのはやめましょうという主張もあるようですが、検索エンジンから来たときにフレームが表示されないという以外は特に問題あるように思えなかったので※3。

 でも、結局フレームでなくCSSでレイアウトすることにしました。今はCSSについて分かりやすそうな本が色々出てますけど、私のホームページを最初にデザインしたときはあまりそういった情報が入手できなかったので、レイアウトに少し手間がかかりましたです。その少し手間がかかった部分というのがこだわりといえばこだわりというわけでして。はい。

-----------------
 ※1 1999年製のThink Pad 240の液晶は800×600の10.4インチTFT。このぐらいのパソコンならまだ現役で動いているのがあるのではないでしょうか。

 ※2 比較的安価なディスプレイでも、解像度が1440×900もあったり。

 ※3 ホームページの方は検索エンジンに引っかからないようにしておいて、更新情報をBlogに書くことにしておけば、検索エンジンを使う人にはBlogの方の更新情報が引っかかるので、そこからホームページの方へリンクを張っておけば問題ない…ような気がするなぁ。
 今時、フレームに対応していないブラウザってどれくらいあるんだろう?「フレームに対応していないブラウザがあるんだからフレームはやめましょう」というのが正しいなら、「CSSに対応していないブラウザがあるんだからCSSもやめましょう」となってしまう。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

リキッドデザインって素敵!!

 子供の頃不思議だったのは、母親と母親の友達の会話で

 「あら素敵じゃなーい♪」

 ってセリフがよく出てくること。「女ってなんであんなに『素敵』って言葉が好きなのかなぁ」って思ってた。

 それはさておき、ちこりん様、コメント有り難うございます。

>以前のブログと様子が違っていますね。もしかしてお引越しされたとか?

 引っ越してません(^^)。サイトデザインを変えただけです。実は当サイトはリキッドデザインというやつにこだわっておりまして、端末の解像度やブラウザのウィンドウの大きさが変わっても余白が出来ないよう(つまりメインの文章の部分の行数を可変的)にしております。当サイトは文章が中心ですので、その方が見やすいのではないかと思いまして。
 もうだいぶ前ですが、ココログにもリキッドデザインのテンプレートが導入されたとメールでお知らせがあり、ずっとこっちに変更しようと思っておりました。
 もっともホームページのトップとサブメニューだけは某ホームページ作成ソフトで作ったので、そこだけはリキッドデザインになっておりません。急遽開設したホームページだったので突貫工事でトップページ作ってそのままになっております。
 まぁ、いい加減変更すればいいんですが、面倒でそのまま放置状態です。

 重たくなるのが嫌でブログパーツなんかもできるだけ貼らないことにしていたのですが、この機会にちょっとやってみました。最近はモバイルも高速化してきていますし、格安ADSLと高性能端末の普及で、このぐらいならいいかな、と。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

300のスパルタ軍とペルシャ軍

 ミチ様、面白そうな映画の情報を有り難うございます。テルモピュレーの戦いに絞った映画ですか。あんまりギリシャの古代史は得意ではないのですが、300対100万ですから、ちょうど三国志の長坂橋の戦いのような大苦戦。しかもアラモみたいに最後は全滅!きっと向こうじゃ日本の壇ノ浦並に有名な戦いなんでしょうね。これいつやるのかなぁ…って、去年の映画じゃないか!!しかもミチさんのBlog見に行ってみるとコメントTBの数が中途半端でない。かなり評判になった映画みたいだなぁ。なんで、俺、これ知らなかったんだろう?いったい去年は何してたんだか…。
 早速アマゾンでDVDを検索。すごい!!史劇部門で十戒、ガンジー、アラビアのロレンスを押さえて第3位。最近のでもエリザベス、マリーアントワネット、王の男を上回る(ちなみに1位はモンティ・パイソン/ライフ・オブ・ブライアン 完全版、2位はラストエンペラー ディレクターズ・カット (初回生産限定版)でした)。アクション部門でも23位。
 いや、本当にこんなに評判になった映画、なんで知らなかったのか分からないです。そんなに去年、遊ばなかったかなぁ。R-15指定がかかってますから相当リアル(あるいはグロテスク?)な戦闘シーンが出てくるんでしょうけど。英語字幕ありなので悪七的にも「あり」のDVDです。
 しかしペルシャの不死軍団が「笑える」とは…。相当おどろおどろしく描かれていたんでしょうな。時々あちらの歴史映画に出てくるアジア人は変な人たちになっちゃってます(Amazonの感想でもその辺を批判している人いますね)。前にちょっと書いた、ジンギスカンがヨーロッパ侵入直前にポーランドと紳士的に和解した上、それに反対した息子に暗殺されて、その息子がポーランドとの和約を破って攻め込んだらポーランド軍に返り討ちにあう映画ってのもすごかったですが。
 最近のCG技術を駆使したスペクタクル映画ということで一度見てみるのもいいかも。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

NHK篤姫20回目

 土曜日ですが、久々の篤姫感想アップ。
 政略結婚ってこんなもんかなぁと感じさせる回でしたね。計算丸出しで家定と一緒に鴨を追いかけ回す篤姫。ひょっとして天然ぼけの篤姫が頑なな家定の心を開きましたって話になるかなぁとも思っていたのですが、そこまでほのぼの路線にする気はないようで。「日本一の男」へのあこがれは全くなく、いかに父上からおおせつかった任務を遂行するかに頭をめぐらす篤姫でした。

 家定の方は「うつけのふり」のようで、篤姫はそれを見破ったことで次の手を考えるようです。見破られた瞬間、一瞬お志賀の顔色が変わりましたが。「うつけのふり」は来週以降その訳が説き明かされるんでしょうね。実は兄弟はみんな暗殺されていて、暗殺から逃れるための方便、とか!?

| | コメント (1) | トラックバック (3)

興亡 北の黄金王国 ~奥州藤原氏 vs 源氏~ その2

 昨日の続きです。
 番組中の数字についていくつか。当時の平泉の目抜き通りの大きさと人口について触れられていました。30メートル(なんと!)道路に人口10万人。これは当時としてはとてつもない大都会といえそうです。しかもあれだけの立派な建造物がそろっていたとは。遠く平泉まで旅してきた商人なんかはさぞ驚いたことでしょう。他方、奥州藤原氏の動員兵力、奥八万騎どころか十七万騎とか言ってました。これは吾妻鏡にそう書いてあるそうです。
 この点についても荒木氏の本では、奥州藤原氏は経済力は凄かったけど、軍事力、動員兵力は大したことなかったのではないかという説を唱えられています。なるほど、いかに鎌倉幕府が強力とはいえ、後の頼朝の奥州征伐で簡単に破れていることからするとその通りだったかもしれません。都に送られてくる奥州の産物から奥州の経済力について清盛も頼朝も推測することはできたが、経済力の強さから藤原氏の軍事力を推定したところで、藤原氏の軍事力を見誤った、と。

 ところで、番組中では所々大河ドラマの映像が使われていました。懐かしかったです。特に鵯越の逆落としとか。あれ、「義経」の一番最初のシーンですもんねぇ。

 番組の最後に「ちょっといい話」が。泰衡のミイラが納められていた棺には一緒に蓮の種が供えられていたそうです。昭和になってから発見されたこの蓮の種、芽を出し、花が咲き、中尊寺に行けば今でもみられるとか。一般的にはあまり有能ではなかったかのようにいわれている泰衡ですが、昨日の投稿の見方が正しいとすると、泰衡こそは奥州の影の宰相・基成の戦略の結実。もうちょっと彼の可能性について考えてあげてもよいようにも思います。

 それでは。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

«興亡 北の黄金王国 ~奥州藤原氏 vs 源氏~